EARTH − 愛の振動 / Resonance of Love
「超かぐや姫!」の音楽制作に、一年以上を費やしました。作品世界の言葉を借りるなら、TSUKUYOMI——電脳世界に入り浸る日々でした。早朝から夜遅くまでパソコンとピアノに向かい、その後はテレビアニメ「Let's Play」や「ポケットモンスター」の新作など劇伴、クラリネット協奏曲『流響のロワール』の第3楽章や、ユーフォニアムと吹奏楽のための「Yúkucia」の制作、アートアクアリウム美術館のための音楽など、とにかく休みなく創作活動に勤しんでいました。
そんな中、いつも通り、自分の中に「渇き」が湧き上がっていることに気がつきました。私が渇き求めていたのは、休息ではありませんでした。これはいつものことですが、新しい音楽の創造の要請。私がいま感じている世界——地球——を、音楽で表したい。その衝動のまま、合計12分45秒の組曲3曲を、二日で書き上げました。それが「EARTH − 愛の振動 / Resonance of Love」です。
この衝動に輪郭と言葉を与えてくれたのが、ひとつの出会いでした。名古屋大学大学院・情報学研究科の鈴木泰博准教授。「感性情報学」、そして皮ふ感覚や質感を含む「触覚情報学」を通じて、人の身体が“快”と感じる構造や、音・振動が心身に及ぼす作用を研究し続けている方です。中でも、触覚刺激の構造を時間軸で記述する「触譜(Tactile Score)」という、従来の音楽とはまったく異なるアプローチを切り拓いています。
産経新聞でその研究を知り、こんなにも独創的なことをしている方がいるなら話してみたい——と、年末のお忙しい時期に、今思えば不躾を承知で、それでも逸る気持ちを抑えきれず、研究室へ一通のメールを送りました。先生は時間を取ってくださり、私の音楽(The SEASONS / The FANTASY)が設置されている東京大学駒場キャンパスのダイニングラボで待ち合わせました。穏やかで、しなやかな思考を持つ、博学な紳士。経営者の方々などとはまったく別の方向へ振り切れた知性をお持ちで、時間を忘れて話し込みました。
鈴木先生は「振動触覚」を長年研究してきた、この分野における日本の先駆者。目には見えないが、触覚を失えば人は死ぬ——それほど根源的なものだといいます。先生は、人が癒され、心地よく、整っていく感覚を、自然の中に見つけ出しました。日本各地に偏在する振動(音)をフィールドレコーディングし、独自の製法で抽出していく。その研究は医療やヘルスケアにも応用され、認知症の改善などで成果が報告されています。一見、軽やかな語り口です。その奥で、技術がかたちになっていく話を聞いていると、私はそこに、ものづくりに潜む「狂気」と同じものを感じていました。
私が先生と話してみたかったのは、アプローチは違っても、目指す方向は同じではないか、という予感からでした。その予感は、当たっていたと思います。AIの台頭もあって、ともすれば人間至上主義に傾きかねない今です。先生は、ご友人とよく交わすという話を、笑いながら聞かせてくれました。「あらゆる生き物は、人間より遥かに先輩。我々はだいぶ後輩なのに、偉そうですね」。その一言は、私がEARTHで表したかったことの核心に、まっすぐ触れていました。
ここで、タイトルに戻りたいと思います。「愛の振動」。
鈴木先生は、自然から「振動」を取り出す。科学の手つきで、大地が発しているものを抽出していく。私はその同じ振動を、こう受け取っています——これは、地球の「愛」だ、と。ぜひこのブログをお読みくださる皆さまには引かずに聞いていただきたい。自然は、つまり地球は、捉えようによっては愛に満ちているとは思いませんか。
朝起きて、空の青さを見て、雲のありかを問う。日が出ていれば、全身でそのありがたさを受け取る。山を見て、鳥の行方を追いながら、木々の存在を確かめる。——その景色のすべてが、いま振動していて、愛に満ちている。
振動とは、愛そのものの言い換えでもある。先生が科学で「振動」と呼ぶものを、私は音楽で「愛」と呼んでいます。まったく違う二つの道が、このタイトルの一語で出会っているのです。
だからEARTHは、ただ流れて消えていくBGMではありません。
この音楽は、あなたのまわりに、あなた自身を守る箱庭を作り、立ち上げます。その箱庭の中に、EARTHという一つの宇宙を作り出し、あなたの心に、絶え間なく愛を注ぎ続けます。聴くというより、その中に入って、住むための音楽なのです。
箱庭は、何者の侵入も許さぬ不可侵の領域。私は小さい頃から、いつもこの箱庭で過ごしていました。だからこそ、ここまで生きてこられたとも思うわけです。だからこそ、音楽の力を信じることができるのです。
この思想を、実際に人が歩いて入っていける空間にしたのが、鈴木先生との協働から生まれた「Wellbeing room」です。"整う"を科学するという発想のもと、第一弾として加賀電子株式会社の東京本社に設置され、すでに運用が始まっています。EARTHは、そこで鳴っています。理屈としてではなく、入れる部屋として。
その部屋に在るこの組曲は、三つの楽章をめぐる、ひとつの旅として紡がれています。
I. OCEAN of Origin and Liberation — 創世と解放の海
すべては海から始まります。自然の前で、人間は無力です。その無力さに身をあずけたとき、私たちの魂を縛っていた因果の糸が、少しずつほどけていきます。頭を空っぽにするのは、簡単なことではありません。それでも、音の鳴るほうへ意識を向けるうちに、少しずつ力が抜けていきます。ただ、緩むだけではありません。緩みながら、どこかで目が覚めていく——そんな感覚です。無垢の状態に還ること——それは、生まれること、ほどけること、まだ何者でもないという自由です。母なる海から届いた最初の鼓動が、あなたの胸を打つとき、そこから、創造がはじまります。
II. FOREST of Mystery and Symbiosis — 神秘と共生の森
分け入るほどに、無数の命が互いを支え合って息づいているのが、森という場所です。しかし、その共生の豊かさは、足元で静かに朽ちていくものに支えられてもいる。だから、森を歩いていると、ときおり、生と死の境界線のような世界へ半歩だけ踏み入れてしまう——そんな揺らぎが、目の前をよぎります。立ち止まらなくていい。それは、森がいちばん深いところで何でできているのかを、私たちに一瞬だけ見せる瞬間です。
III. AIR of Grace and Awakening — 回帰と追想の空
やがて視界がひらけ、螺旋階段を伝って、私たちは空へと昇っていきます。光に導かれて、一歩ずつ、足元を確かめながら、歩んでいく。空へと昇っているのに、生まれてからずっと目にしてきた、数えきれないほどの風景が、次々に現れます。自分という存在が、大いなるものから与えられて、いま生かされていること——そしてその歩みは、この先もずっと続いていくということ。その事実に、ふと目が覚める。
私が音楽を作るとき、目の前を物語が走り抜けていきます。私が目指すのは、聴く人の感性が刺激され、その人の中で、思考が、物語が、動き出していくこと。EARTHという箱庭の中で展開していく物語は、私のものではありません。あなたのものです。
その物語の果てで、あなたはきっと、ひとつのことに気づきます。いまこうして振動し、愛に満ちて見えるこの世界が、自分に"与えられた"ものであること。与えられているということは、いつか手放すものでもあるということ。——ところが不思議なもので、終わりがあると知った瞬間、目の前の景色は、それまでよりもずっと輝いて見えるのです。
前へ進み、目を開くこと——それは、最後には、自分のたどってきた道を静かに振り返ることへとつながっています。だからこの組曲は、空で終わります。
しかし、旅を終えたあなたは、出発した時のあなたではありません。変わったのは、見える景色ではなく、あなた自身です。これは、魂の旅でした。海をくぐり、森をぬけ、空へ昇るあいだに、あなたの意識は静かに変容していて——出発したときと同じ考え方も、同じ眼差しも、もう持っていない。あなたが変わったから、世界のほうも、変わったのです。
ここで、あの箱庭のことを思い出してください。何者の侵入も許さなかった、不可侵の壁。——その壁が、旅の果てでは、消えていたらいいな、と思っています。徐々に透けて消える人もいれば、自ら壁を下ろす人もいるかもしれない。はたまた、壊さなければならない人も。ただ、その結果、向こう側が、見えるようになる。本当に守られていると感じたときにしか、人は自分の壁を消すことはできないのだと思います。安全な庭の中にいられたからこそ、あなたははじめて、自分を世界へ明け渡すことができる。世界を締め出すために築いたはずの壁は、世界とつながるための窓でもあるのです。
それは、あなたと世界が、はじめから別々のものではなかった、ということ。空も、海も、森も、あなたも、根源ではひとつに繋がっていて、互いに触れ、響かせ合いながら、大きなうねりの中を進んでいる。あなたが一波分だけ動けば、その波は、世界の隅々までを、少しだけ動かす。
だから、同じ景色は二度と訪れません。毎朝、生まれて初めての景色に出会えるのは——あなたが、昨日とは違う命として、その波のうねりの中にいるからです。
慌てずに、ゆっくりと、自分のペースで。
ぜひ、あなた自身の物語で、確かめてほしい。
(*)東京大学駒場キャンパス ダイニングラボ:学外の方も利用できるスペースで、昼食をいただける。FOSTEXと共同開発した4チャンネル音源(作曲:コーニッシュ)を視聴できる。