『超かぐや姫!』音楽創作ノート ⑦ 彩葉とピアノ、そして、これから

『超かぐや姫!』音楽創作ノート ⑦ 彩葉とピアノ、そして、これから
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※この連載には、Netflix映画『超かぐや姫!』本編の内容に関する記述が含まれます。これから本編をご覧になる予定の方は、鑑賞後にお読みいただくことをおすすめします。

前回は、楽曲のタイトルを立ち上げるという創作について書きました。最終回となる今回は、彩葉とピアノの関係、そして、この作品を振り返って見えてきたことについて書きます。

彩葉の音色

 本作には、彩葉がピアノを弾く場面がいくつかあります。このピアノという楽器について、本作で私が設計したことを、書いておきたいと思います。

 結論から言えば、ピアノという音色は、基本的に、彩葉という存在を表すものとして設計しています。彩葉の感情、彩葉の存在感、彩葉がそこにいるということ。それを、ピアノの音色が担う。これが、本作における私の音色設計の、ひとつの軸でした。大切な場面でピアノを印象的に響かせることは、監督からの申し送りとして受け取ったものです。

 たとえば、Track 14「たいせつなひと」のように、まっすぐにピアノへ役を渡した場面の効果は、観てくださった方なら、感じ取っていただけたと思います。そして——「ピアノ=彩葉」という設計を立てたからこそ、その設計を、あえて裏切ることもできるようになりました。裏切ることで、彩葉の心理を、逆に際立たせる。いくつか、例を挙げます。

Track 29「月影」——ピアノがないということ

 Track 29「月影」は、彩葉の場面で流れる曲です。それなのに、この曲には、ピアノの音色がありません。

 これは、偽りのエンディングとも言える場面で流れる曲です。彩葉が、自分の本当の気持ちを抑え込んでいる。その状態を、ピアノの不在で表しました。鳴っているのは、風景や背景、そして親友である二人(芦花と真実)のテーマ(Track 24「チルる」を参照)だけ。彩葉を表すはずのピアノが、ここでは鳴らない。彩葉が、彩葉自身を、抑えつけているからです。

Track 30「IROHA'S Dancing All Night」——ピアノが本領を取り戻す

 その直後です。彩葉が「そんなふうに終われるわけ...ないっしょ!」と、再び物語を走らせる場面があります。ここで流れるのが、Track 30「IROHA'S Dancing All Night」です。

 この曲では、ピアノの音色が戻ってきます。しかも、ただ戻るのではありません。バキバキの、踊れるピアノ(Dance Piano)として立ち上がります。抑え込まれていた彩葉が、自分の本領を解き放つ。その瞬間を、ピアノが、姿を変えながら表現します。さらにここでは、「弦を鳴らす」という共通点から、いわば仲間とも言えるヴァイオリンを引き寄せ、二つの楽器がメロディーと旋律で補い合う。そうやって、彩葉の中に眠っていた影響力を、音楽の構造そのもので表しています。

 「月影」でピアノを消し、「IROHA'S Dancing All Night」でピアノを爆発させ、ヴァイオリンまで呼び込む。この二曲は、ピアノの不在と復活という対比で、彩葉の心理だけでなく、人生の転換点を描いているのです。

Track 02「酒寄彩葉」——名前を冠した曲に、ピアノがない理由

 ここで、疑問を持たれる方がいるかもしれません。

 Track 02「酒寄彩葉」は、彩葉の名前を、そのまま冠した曲です。それなのに、この曲には、ピアノが出てきません。代わりに、フラメンコギターが登場します。

 これにも、理由があります。この曲が流れる段階は、まだ彩葉の本質を見せる時ではない、という演出上の意味があるのです。だから、彩葉そのものを表すピアノは、まだ出さない。

 では、なぜフラメンコギターか。ピアノと同じく伴奏の役を担える楽器であること。そして、弦を弾くという特質において、ピアノと通じるところがあるからです。ピアノは、ハンマーが弦を叩く楽器です。ギターは弦を「掻き鳴らす」と言いますが、ピアノにも「掻き出す」ように弾く技術がある。ピアノの代わりでありながら、まだピアノそのものではない。その微妙な距離を、フラメンコギターという選択で表しました。

私の手が、彩葉の手になる

 そして、彩葉が実際にピアノを弾く場面についても、書いておきます。

 劇中、彩葉が学校で弾いている曲は、ベートーヴェンの「ピアノソナタ第20番 ト長調 Op.49-2」第一楽章の、終わりの部分です。演奏は、私がしました。「彩葉なら、このくらいの技量で弾くだろう」という線を、自分の中で慎重に探りながら、その水準で弾いたつもりです。プロのピアニストの完璧な演奏を当てるのではなく、ひとりの高校生としての彩葉が、その時に持ちうる演奏として、私の手で形にしました。

 Track 13「私の好きだったもの」の場面でも、彩葉が演奏しています。この場面で、彩葉の手として画面に映っているのは、アニメーターの皆さんが描いてくださった手です。そして、その手の動きは、私が実際に弾いた演奏の映像を参考に、一手ずつ作画されています。

 つまり、画面に映っているのは「彩葉の手」ですが、その動きの源は、私の手にあります。私の手から、アニメーターの皆さんの手を経て、彩葉の手として、生まれ直す。

 監督からは「印象的な場面では、コーニッシュさんのピアノが聴きたい」という言葉をいただいていました。ピアノが彩葉の音色である以上、彩葉がピアノを弾く場面で響くのは、私の指から生まれた音です。

 ——とはいえ、正直に申し添えておくと、彩葉は女子高生、私は中年の男です。「あの可憐な手の正体が、まさかおじさんの手とは」と苦笑された方も、いらっしゃったことでしょう。ごもっともです。それでも、彩葉が弾くその音だけは、たしかに私から彩葉へと、こっそり手渡したもの。

振り返って、見えたもの。そして、これから

 ここまで、ピアノの音色設計や、フィルムスコアリングの方針など、いろいろと書いてきました。ただ、正直に打ち明けると、本作の多くの曲は、その場その場で思いついたこと——つまり、ひらめきを頼りに、書き連ねてきたものです。最初から細密な設計図があって、それを埋めていったわけではありません。

 ところが、完成した形を、後から眺めてみると。前回お話ししたように、理屈の通った構造になっているものが、いくつもありました。ピアノの音色設計も、まさにそうです。彩葉をピアノで表し、その不在で抑圧を描き、復活で本領を描く。こうした構造は、振り返って初めて、自分でもはっきりと言葉にできたものでした。

 それぞれの部屋の設計図を、別々に引いていたはずなのに。組み合わせてみたら、ひとつの立派な建築になっていた。そういう不思議が、本作には起きていました。

 これは、第5回で書いた「ひらめきは、訓練の上にしか降りてこない」という話と、つながっていると思います。意識して設計したわけではないのに、自分の制御を超えたところで、言葉にできない何かが、全体の整合性を保ってくれていた。そう考えるほうが、私の実感には近いのです。

 もしかすると、まだ私自身も気づいていない仕掛けが、本作の音楽には、まだ潜んでいるかもしれません。ただ、それを全部、自分で解き明かす必要はないと思っています。必要があれば、どなたかが解いてくださるかもしれない。それを想像するのも、また楽しい。もし何か見つけた方がいたら、ぜひ教えてください。

 自分の作品を振り返る機会は、なかなかありません。今回こうして書いてみて、自分でも、面白い発見がたくさんありました。違う角度から、自分の指を通して生まれた景色を、眺めることができたように思います。

 ここまで読んでくださって、ひとつ、打ち明けたいことがあります。

 こうして自分の仕事について書くのは、ずっと怖いことでもありました。お任せいただいた仕事で書かせていただいた音楽について、分析なり解説を自らすることの意味は、どれほどあるのか。語れば語るほど、自分を大きく見せようとしているのではないか。賢く見せたいだけではないのか。そんな声が、自分の中にずっとありました。二十五年、ほぼ無名のまま音楽を続けてきて、本当に私自身の音楽を受け取ってくれる人はいるのだろうか、と問い続けてきた、その裏返しなのだと思います。

 でも、今回こうして書いてみて、ようやく分かったことがあります。大事なのは、自分が何を成したかを語ることではなく、受け取ってくれる誰かに、ちゃんと届けることなのだ、と。音楽は、これまでずっと、相手のことを考えて作ってきました。文章も、同じでいい。自分の表現でありながら、読んでくれる人に手渡せるものでありたい。今は、心からそう思っています。

 さて、私がこうして『超かぐや姫!』という作品に出会えたこと、作品を通してみなさまと出会えたこと、決して、今回の縁だけによるものではありません。二十五年近く、ほぼ無名のまま音楽を続けてきた私を、これまで選び、起用し、信じてくださった、数多くの方々がいらっしゃいます。私を形づくってくれた、すべての出会いに、この場を借りて、深く感謝を申し上げます。

 冒頭で、本作は私にとっての「総決算」だと書きました。

 確かに総決算でした。ただ、同時に、ここから始まる何かの、出発点でもあったように感じています。二十五年の蓄積が、ひとつの作品に結実して、その結実が、次の景色への扉を開いてくれた。そんな感覚があります。その「次」が具体的に何なのかは、これから少しずつ、形にしていくことになると思います。

 この『ソラノネ進化論』も、これから少しずつ、動かしていきます。

 ここでは、これから、いろいろな形で書いていきたいと思っています。今回のように、私自身の言葉で語ることもあれば、弊社・宙の音(ソラノネ)のスタッフであるスチュワートに、聞き手として入ってもらうこともあるかもしれません。一人で語るより、誰かに問いかけてもらうほうが、深く掘れることもある。そのときどきで、ふさわしい形を選びながら、お話ししていけたらと思っています。

 『超かぐや姫!』以外にも、書きたいことは、たくさんあります。アートアクアリウム美術館で、年々書き足している楽曲。放送開始から十七年、今も流れているTBS『ひるおび』のメインテーマ曲。ENSEMBLE Cosmopolitanの活動。シリアスミュージックの領域で書いてきた作品たち——。これからこのブログで、ひとつずつ、ゆっくりお話ししていけたらと思っています。

 これからも、楽しい楽曲や作品を、皆さまに送り出せるよう、創作に邁進してまいります。

 それでは、また次回、お会いしましょう!