『超かぐや姫!』音楽創作ノート ⑥ 名前を立ち上げる

『超かぐや姫!』音楽創作ノート ⑥ 名前を立ち上げる
Photo by Mike Petrucci / Unsplash

※この連載には、Netflix映画『超かぐや姫!』本編の内容に関する記述が含まれます。これから本編をご覧になる予定の方は、鑑賞後にお読みいただくことをおすすめします。

前回は、フィルムスコアリングの現場で、楽曲がどのように生まれていったかを書きました。今回は、楽曲のタイトル——曲名を立ち上げるという、もうひとつの創作について書きます。

 『超かぐや姫!』の楽曲タイトルには、かなりこだわって、名前を付けました。

 劇伴の曲名は、本来、プロデューサーが担うことも多い仕事です。本作では、お任せいただきました。

 劇伴のタイトルというのは、極端に言えば「Track 1」「Track 2」と番号を振るだけでも、役目は果たします。劇中で流れる音楽である以上、観客がタイトルを意識する場面は、本編ではほとんどありません。それでも、言葉から立ち上がる想像力は、物語の強度を確実に高めてくれます。そして何より、私にとって「言葉」は、物事の解像度を上げるための、大切な道具でもあります。だから本作でも、いつものように、曲名を付けるために、相当の時間をかけました。

 音楽は、音として鳴ります。ただ、その音が何を背負っているのか、どんな感情や役割を抱えているのか。それを、言葉という別の形で立ち上げる作業もまた、ものづくりの一部だと思うのです。すでにある言葉を拾うのではなく、足したり引いたり、響きと意味の間を行き来しながら、その曲にしかない名前を紡いでいく。曲名を付ける時間は、私にとって、音楽と地続きの創作なのです。

 いくつか、具体的に書いておきます。

Track 34「満ちる月のセレナーデ 〜八千年の旅」

 前回、この曲の2分43秒以降のメロディーに、三つのテーマが偶然そろっていた、という話を書きました。

 このメロディーこそが、「セレナーデ」というタイトルを選ぶ、きっかけになりました。

 セレナーデとは、もともと、夕暮れに恋人の窓辺で歌う、愛の歌のことです。複数の人物が、ひとつの旋律の中で対話する形式、とも言えます。改めてこの曲を聴き返すと、メロディーが全体を通して、ずっと歌のように紡がれているのが、分かると思います。これは、本作そのものが、歌によって織りなされていることと、響き合っています。

 そして、この旋律は、聴きようによっては、かぐや・彩葉・ヤチヨの三人が、ひとつの場所で対話を重ねているようにも聴こえます。三人のテーマが一本のメロディーの中で交わるだけでなく、その交わりが「対話」として聴こえる。これは、名前を決めるうえで、決定的な手がかりでした。

 「満ちる月のセレナーデ」——月が満ちていくことと、彩葉とかぐやの思いが少しずつ実っていくことを、重ねたタイトルです。「〜八千年の旅」という副題は、物語の中の、長い長い時間への敬意でもあります。

 タイトルが決まって、私は、この曲が「生まれるべくして生まれた」のだと、改めて思いました。指から生まれたメロディーは、対話を重ねた末の必然であり、その必然を、あとから言葉にしたのが、このタイトルだったのです。辿り着けて、本当に良かったと、今でも思います。

Track 11「かぐやの布教」

 このタイトルには、ひとつ、ささやかな仕掛けがあります。

 「布教」という二文字は、「不協和音」の「不協」と、音が通じています。

 かぐやが、自分自身をさらけ出し、周囲に広めていこうとする場面の曲です。ただ、それは、いつも調和した形で受け入れられるとは限らない。むしろ、聴く側の中で、何かが不協を起こす瞬間でもある。そういう二重の意味を、タイトルの音の遊びに潜ませました。気づく人は気づく、気づかなくても成立する。そのくらいの、そっとした仕込みです。

 余談ですが、この場面の曲も三パターン書いて、監督に選んでもらいました。ひとつの場面に複数の案を出して、監督と一緒に最終形を決める。そういう作業も、本作では何度かありました。

Track 21「IROHA meets KAGUYA」

 このタイトルは、本作のテーマのひとつ、「ガールミーツガール」に由来します。物語がひとつの頂点を迎える場面でもあり、ここには、象徴的なタイトルを与えたいと思いました。彩葉とかぐや、二人の少女が出会う、その意味を、ひとつのフレーズに凝縮したかったのです。

Track 26「零ゆる光彩」

 「光彩」と書いて、「いのち」と読ませています。彩葉の内側からあふれ出る光を、ただ美しいものとしてではなく、魂の叫びとして、命そのものとして捉えたかった。漢字の意味と、振った仮名の音が、別々の方向から、同じひとつの意味に集まってくる。そういう構造の言葉を、この曲に与えたかったのです。

ひとつだけ、名前を委ねた曲——「OnyXXX」

 ここまで、自分で名付けた曲について書いてきましたが、ひとつだけ、例外があります。

 「OnyXXX(オニキス)」というタイトルだけは、私の手から離して、山下監督にお願いして付けていただきました。曲そのものは、詞も曲も私が書きました。ただ、この曲が本作の中で果たす意味——なぜこの曲が存在し、何を象徴するのか——を、一語に凝縮するのは、監督の役目だと感じたのです。物語の根幹を引き受けているのは、監督です。その方が見立てた一語こそが、この曲にふさわしい名前になる。そう考えました。

 オニキスとは、黒い瑪瑙(めのう)のこと。古くから、守護や、内側の力を引き出す意味を持つ石として知られています。本作のもうひとつの軸である「黒鬼」と響き合いながら、それでいて、ただ意味を当てはめるのではなく、もう少し奥行きのある場所に、名前を置いてくださった。「X」を三つ並べた表記の独特さも含めて、監督の感性が表れたタイトルだと、受け取っています。

名前を立ち上げる、ということ

 こうした名付けの作業は、傍から見れば、本編の上映時間には現れない、地味な仕事に見えるかもしれません。ただ、サントラを手に取って、トラックリストを眺めたとき、その並びそのものが、本作のもうひとつの絵巻として読めるように。そう願って、ひとつひとつの名前を、考えていきました。


最終回は、彩葉とピアノの関係、そして、この連載全体を振り返って見えてきたことについて書きます。