『超かぐや姫!』音楽創作ノート ③ フィルムスコアリングという選択
※この連載には、Netflix映画『超かぐや姫!』本編の内容に関する記述が含まれます。これから本編をご覧になる予定の方は、鑑賞後にお読みいただくことをおすすめします。
前回は、本作を支えた制作チームのことについて書きました。今回は、私が選んだ音楽の手法——「フィルムスコアリング」を、なぜ選んだのかについて書いていきます。
本作の制作が動き出して間もない頃、監督と二人で、ご飯を食べながら話したことがありました。その席で、本作について、いろいろと聞かせてもらいました。『薄明の翼』から想像していたのとは、まるで違う企画でした。驚いたのを覚えています。それでも、生き生きと語る監督を見ていて、きっとこれは楽しい作品になる。そう思ったことも、よく覚えています。
その席で、監督には、はっきりと見据えている観客像がありました。
ひとつは、ボカロ世代と呼ばれる、一九九〇年代から二〇〇〇年代後半に生まれた、Z世代までの人たち。ミレニアル世代の私や監督とは、少し世代の違う層です。
その後、打ち合わせの中で、監督はこんな言葉を口にしました。
「金太郎飴のような作品にしたい」
これは、本作の本質を言い当てた言葉だったと、思います。
金太郎飴のように、どこを切っても同じ味がする。これは、たくさんのミーム(ネット上で広がっていくネタ)を、最短で生み出す、現代ならではの作り方にも通じています。同じ感覚でつながり合いたい人たちが、安心して集える場所を作る、ということでもある。つまり監督は、アニメという形を通して、これまでの日本のアニメやネット文化を受け継ぎながら、その先にある未来のひとつを差し出そうとしている——そう考えると、書くべき音楽も、自然と見えてくるのでした。本作を理解する上で、この読み解きは、私にとって、とても大切な過程になりました。
ひとつ、はっきりさせておきたいことがあります。「どこを切っても同じ味」という作り方は、決して、手を抜くということではありません。
むしろ逆です。映像の世界で「どのカットを切っても、同じ質を保つ」というのは、並大抵のことではありません。一瞬一瞬に、同じだけの密度を込め続ける。これは、とてつもない集中力と体力を要求される仕事です。
そして同じことが、音楽にも言えました。完成した映像と張り合うというより、寄り添っても違和感のない、同じ手触りと粒度で語ること。それが、音楽に求められたのです。これは、山下監督が、歌を物語にしっかり組み込んで作っていたことも、大きかったと思います。
ここで、私が本作に対して、もうひとつ強く意識していたことがあります。
業界全体に関わる話でもあるのですが、私はこれを、勝手に「劇伴の添え物感」問題と呼んでいます。
本作のように、歌を物語の柱として並べていく、ミュージカルに近い作品は、これまでもありました。そういう作品の劇伴は、しばしば「添え物」のように感じられてしまうことがあります。人の声で歌われる歌の力を思えば、ある程度は自然なことです。ただ、それは同時に、歌を中心にしたエンタメ作品では、劇伴がそれほど大切にされていない、という現実の表れでもあります。これは作り方の話であって、作品の良し悪しを言っているのではありません。
本作が「金太郎飴」を目指すなら、劇伴を「添え物」に感じさせることだけは、避けたい。そうなった瞬間に、音と映像が、別々のものになってしまう。猛烈なスピードで物語が進むエンタメ作品ですが、その制作の裏では、「人間的な生活を捨てた」という山下監督の狂気が、作品の繊細さと質を支えていました。監督の熱は、関わる人間にも伝わってくる。私の制作にも、少なからず影響がありました。
話を整理します。私の前には、二つの課題がありました。
ひとつは、監督の「金太郎飴」という構想を尊重して、どの場面を切っても、同じ密度の音楽を届けること。
もうひとつは、「添え物」にならず、音楽として、作品の中で固有の役割を果たすこと。
この二つを、どうやって両立させるか。自分の中で温める時間の中で、私はこの問いと向き合い続けました。
そして見えてきた答えが——ひとつの主題を、姿を変えながら全編に織り込んでいく、王道の「フィルムスコアリング」という手法でした。
「主題を織り込む」というのは、こういうことです。作品の中で繰り返し使う、メロディーの核を決める。それを、場面ごとに形を変えながら、物語の進行に合わせて展開していく。同じ主題が、ある場面では希望として、別の場面では喪失として、また別の場面では再生として響く。こうして主題が場面ごとに姿を変えていくことで、観ている人は、意識しないまま、物語の縦糸を、音楽の側からも感じ取れるようになる。本作では、その効果がよく効くだろう、と考えました。
次回は、そのフィルムスコアリングとは具体的に何をするものなのか、そして、この手法によって何が起きるのかについて書きます。